読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

サークル「ロカタ」さんの『スピカよ、さらば。』が最高って話。

感想

 8日の砲雷撃戦で買った本なんですが、本当にものっすごくよかったんですよこれ。サークル「ロカタ」さんの『スピカよ、さらば。』。中学生、兼、アイドルの那珂ちゃんは、実は二重人格を煩っていた。不安定な自分を守るため、無意識のうちに作り出したもう一つの人格。それは自分を愛し、守り、肯定してくれる「那珂ちゃんにとってのアイドル」だった――。「自己」という存在に悩む思春期の煩悶と、そこからの成長を描いた42ページ。

www.pixiv.net

 重く薄暗い設定を用いながらも、最後まで読んだときに残る読後感は本当にさわやかで澄みきっていて、素晴らしいカタルシスを得られる。さらに構図の一つ一つがものすごく印象的で工夫されていて、那珂ちゃんの心理をこれ以上ないくらい効果的に伝えてくれる。ページをめくるうち、コマを目で追ううちに気づけば涙が流れ、読み終わったころには那珂ちゃんのことが大好きになっているような、那珂ちゃんを心から応援したくなるような、そんな本だった。正直な話、売り子しながらぼろぼろ泣いてたぞ。

 あまりにすごかったので、サークルさんのところまで思わず挨拶しに行っちゃったんだけど、テンパっていて委託のあるなしを聞きそびれた。夏コミには申し込みされているとのことなので、足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。なお、一部既刊がpixiv BOOTHで通販されているようなので、そちらもチェックだ。

shocox3s.booth.pm

 以下、サンプルにある以上のネタバレを多少含む具体的なレビュー。まともな文体でまともなレビューを書くのは久しぶりで緊張しますね。






 むかしむかし、あるところにいた三姉妹。その末っ子である那珂ちゃんは、二人の姉のことが大好きだった。しかし三人に艦娘適性があると判明すると、二人の姉は艦娘になることを決意する。尊敬する姉二人のようになりたい反面、艦娘になれば死んでしまうかもしれないという恐怖、そうして足がすくんで何もできないことへの自己嫌悪から、那珂ちゃんの心はやがて崩れだし、そんな弱い自分を守るために「カナちゃん」というもう一つの人格が作り出された。彼女は那珂ちゃんにできないこと、やりたくないことを全部やってくれて、那珂ちゃんを守り、愛してくれる。きっと「那珂ちゃんにとっての、那珂ちゃんのためのアイドル」なんだと思う。

 7ページ、自己嫌悪からその場にへたり込む那珂ちゃんを、カナちゃんはまるで天使のように包み込んで言う。「那珂ちゃんが嫌なことは全部『カナちゃん(わたし)』がやってあげるから!」その「嫌なこと」とは、その直前まで行われていたライブであり、ファンから愛されることであり、アイドルとして愛される自分自身だ。自己嫌悪でいっぱいになった那珂ちゃんが無意識のうちに作り出した、それを埋める自己愛の存在。自分を愛し、守ってくれる「あこがれの的(アイドル)」。それがカナちゃんなのだ。

 13ページまでの数ページ、カナちゃんが生み出されるまでのいきさつが那珂ちゃんのモノローグで示される。しかし、それがとうとう確信に至るタイミングで、14ページ、那珂ちゃんのモノローグをかき消してカナちゃんが自分の声で続きを伝える。那珂ちゃんは読者に背を向けて小さく縮こまり、カナちゃんはそれをかばうように両腕を広げ、笑顔を絶やさない。「自分を愛して守ってくれる存在」を示す構図として、これ以上印象に残るやり方はないのではないか。いい知れないすごみがある。

 だけれど、「那珂ちゃんの嫌なこと」はどこからくるのか。きっと、何も選べないまま現実から逃げて、嫌なことはカナちゃんに全部押しつける、そんな自分への自己嫌悪から来ているはずだ。つまり、自分を愛して守ってくれるカナちゃんがいるために、那珂ちゃんはますます自分のことが嫌いになっていってしまう。自分のことをもう一度好きになるためには、那珂ちゃんが成長するためには、それではどうすればいいのだろうか。

 その問いを那珂ちゃんがどう乗り越えようとするのか、あるいは乗り越えられるのかの詳細はここでは省く。しかし、最後まで読み終わったとき、那珂ちゃんという一人の人間が、今までよりもとても魅力的で、ひたむきで、立体的な姿で見えてくるだろう。さわやかな読後感と心洗われるカタルシスはぜひ多くの人に味わっていただきたい。

 ところで、この本は入稿ミスにより写植がすべて飛んでしまい、急遽書き文字で台詞を入れ直したそうだ。作者としては思うところがあるだろうが、個人的にはこれもかなりアリではないかなと感じた。柔らかい書き文字は那珂ちゃんの気持ちに入り込みやすく、それに特に14ページでの被せ方なんかはサンプルのものよりも本の方が好みだ。

 さて最後に、この本には「那珂ちゃんとカナちゃん」という対比的なテーマがあるためか、対比的な構図が多く用いられていて、そのどれもが印象的で、感情移入の助けにもなる。もっとも目を引くのは8ページと9ページで、そこを見た瞬間に購入を決意したほどに印象的で美しい。32ページと33ページの各最終コマでの動きや、35ページでの表情の対比は大粒の涙を誘う。9ページ、15ページ、25ページ、37ページの流れもきれいだ。25ページでの二人の小指が結ばれているのは、本編で書かれていないどこかで、約束をしたのだろうか。例えば、「自分で選ぶ」ということや「目を背けない」「自分を好きになる」ということ、あるいは、「私も、がんばる」ということを。