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気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

『うわさのひと』(ふらふら辞書の角)がめちゃめちゃめちゃすごい!

感想

 ツイッターで日頃お世話になっている15さんからものすごいものをいただいた。『うわさのひと』というゆうさみ同人誌。これほんっとにすごいの! どれくらいすごいかっていうともうどれくらいすごいか分かんないくらいすごい!

 まず内容に入る以前に、造本がすっごいの。大正時代に刊行された本って設定もあって、古本っぽく見える工夫がそこかしこにある。まず表紙。飾り枠をふんだんに使って、象牙色の地には色あせたような加工もされているので、本物の古本と見まごうような出来になってる。パラフィン紙で包みでもすれば、神保町や寺町で手に入れた古書にしか見えない。

 中身もすごいぞ。戦前の書物から字母を拾った「Orudano明朝」というフォントが使われているので、インクのにじみやムラ、ちぐはぐさなどがふわっと香りたち、まさに年季の入った活版印刷物を読んでいるような気分になる。

 さらには奥付の発行日が「1925年4月28日 第1刷」になってる! 即売会で不特定多数に頒布するんじゃなく、ごく少数の身内にしか渡さない本だからこそできる芸当。ここまでくると同人誌というよりコンセプトアートでは?

 いよいよ内容なんだけど、これがまた外見に負けじとすごい。学習院に通う少女・五月雨の一人称で語られる、科学の教師・夕張との逢瀬を描いた小説なんだけど、その文体が端正で瑞々しく、『花物語』『乙女の港』のようなエスを題に採った少女小説として完成度がめちゃめちゃ高い。本文中、厨川白村への言及がさらりと出てくる辺りも憎い。

 7ページ、五月雨と涼風の名前の由来がめちゃくちゃ尊い。五月雨が従姉妹の涼風と「涼風は立秋の頃に吹く涼やかな風という意味なのに三月生まれだし、五月雨の誕生日だって七月なのって不思議だね」と笑い合った幼い頃を思い出しながら、

 今となっては、五月雨の名前は舊曆五月の異名である梅雨よりいただいているもので、新曆にあてはめるとちゃんと誕生日である七月六日には被っていると分かっていますし、彼女の名前は「どうかその場に佇むだけで涼やかな風を運んでくれる子供になってくれるように」と、お母様のお腹の中にいる頃より決められていたものだというのも知っています。
 やはり知るというのは大事なことです。無知であるよりかはずっといい。

 と振り返る。この由来も有り難いものながら、「知ることは大事なこと」というのが全体を通してのさわやかなモチーフになっている。最初は「エス」という言葉の意味も知らなかった五月雨が、最後には、ああっ、ああっ!

 女学校の文化をさりげなく出している13ページ。隼鷹先生が実は皇族の出ではないかという噂や、裁縫の榛名先生には双子の姉がいて、時折入れ替わっているといった噂がすごく女学校なんだよなあ……。いい……。そしてその中にあって、みんなからは忘れ去られているような化学教師・夕張に憧れを抱いてしまっている五月雨。いい……。

 15ページ、涼風の口癖。校内にある夕張の部屋を初めて訪れたときの五月雨。

今も胸は高鳴っているけれども、それは少し違う鼓動なのではないか。いつまでも落ち着きがなくって、幼いころ、涼風と一緒にお屋敷の中を冒險した時みたいに――いいえ、樂しげな感情ばかりでなく、もっと、切ない――ラブ・イズ・ベスト――ああ、違う、なんでこんな時にあの言葉を思い出してしまうのでしょうか――涼風の口癖のせいだ――。

 このね! ラブ・イズ・ベストなんて言葉を出しちゃうところ! 大正なんだよなあ! すごくいいぞ! ダッシュをふんだんに使うのも煩悶がよく現れててかっこいいなと思った。

 29ページ、夕張の放った「あなたとは、エス、という關係にはなれない――」という言葉。その後に続く言葉も相まって、夕張が常人より数段高速な思考で結論に先回りするために、しばしばコミュニケーションの阻害となっているというのを、ものすごく印象的な台詞を用いて描写している。いいぞ……。そして最初はショックを受けながらも、やがてそれが夕張の「悪癖――個性」なんだと理解する五月雨。いい……。ゆうさみだ……。好き……。

 全部引用なり言及なりしてたらキリがないので省くけど、言葉の端々がすごく豊かで美しくて、なんというか滾々と湧き出る清流みたいなんですよね……。「~と笑った。~と言った。~と笑った」ばっかり繰り返してる小学生の作文みたいな文しか書けないあたしとは大違いよ……。

 もうこのまま最終ページまで全部紹介したいくらいなんだけど、それはアレだと思うのでアレだ、この続きはキミ自身の目で確かめてくれ!