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気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

上洛と晩年

 昨日行けなかった美容院に行って、剃髪得度し、蕎月(きょうげつ)と号した。永禄2年(1559年)のことである。その後キンコーズへ兵を進め、おしながきと値札を印刷する。この時、おしながきと値札のデータを保存したUSBメモリを持ってき忘れていたことに気づき、急遽自宅に電話をかけ、ドラッグアンドドロップすらよく分かっていない母親に電話口で逐一操作説明をして、データをUSBメモリからDropboxに移動してもらうという事態に追い込まれる(落とし箱騒動)。

 からくも印刷を終えた蕎月は次なる目標を百万遍に定め、翌永禄3年(1560年)にはたく味に参内してたく味チャーシュー麺を食す。「蕎月書状」によればこの時病み上がりであったとされるが、これには異説もある。たく味を出た蕎月は京都駅へと南進、ヨドバシカメラにてキャリーバッグを購入しようとしたとされるが、実際にこの時購入されたキャリーバッグに比定できるものは確認されていない。そのため、予想以上に高価格であったため購入を諦めたのではないかとの研究もある。

 上洛の全行程を終えた蕎月は永禄4年(1561年)に近江・大津へと帰還、明日も仕事があることに絶望しながらその一生を終えた。享年54歳であった。