気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

お気に入りとかいいねについて

 ツイッターのお気に入りがいいねに変わって、黄色い星マークだったのが赤いハートマークに変わった。タイムラインを見てると、本当に嫌がってる人がたくさんいて、僕としてはちょっと驚く。「意味が重くなる」って反応にも「みんなそんなに意味なんて気にしてたのか……」という驚きがあったんだけど、それより何より「お気に入りならいろんな意味合いを持たせられたのに、いいねでは一つに定まってしまう」ってのには「勝手に意味合い持たせても、伝わらないなら自己満足でしかなくね……?」という戸惑いがある。その極端な例が「ネガティブなツイートにいいねを押すと喧嘩を売ってるみたい」というもので、これには「いやお気に入りでも大概と思うんだけど、そっちは許されると思ってたのか……」と思ってしまった。例えば僕が仕事で精神を病んで「つらい……」つったときに、いわゆる「励ましのふぁぼ」をされても、僕は多分「励ましてくれてありがとう……」なんてつゆも思いつかないぞ……。「てめえらそんなに僕が参ってるのが面白いか!」ってなるだけだと思う。僕の人格が破綻してるだけな気もしてきた。

 これと似たようなものに自動車のパッシングがあって、あれもまったく同じ「ライトをチカチカさせる」ってだけの動作、それもその回数とかの区別があるわけでもない、完全に「させる」か「させない」かの1ビットの情報に、「譲ってくれてありがとう」とか「この先検問あるよ」とか「ライトつけっぱなしだよ」とか「ウィンカー出しっぱなしだよ」とか「迷惑かけてごめんね」とか「ケンカの話の時間だコラァ!!」とか「なっ……」とか「!?」とか、アホかというくらいたくさんの意味合いを持たせている。多くの場合は状況からある程度類推もできるだろうけど、中にはまったく意味が分からないものや、真逆の意味合いにとってしまいかねないものもある。いい加減、ビット数以上の意味合いを持たせるのをやめるべきなんじゃないかな。

 ちなみに星がハートに変わった件については、意味合いがどうこうとかよりも「ツイッターのベースカラーである青よりも悪目立ちするレベルでハートの赤が目を引くのは普通にダサすぎるのでさっさと星に戻せ」という立場です。