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気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

祖母の骨壺

日記 思ったこと

 祖母のお葬式だった。まあやっぱり、うるっとは来ちゃうよね。5歳のいとこ姪、死という概念を理解してるんだかしてないんだか分からないけど、棺桶にお花を入れるときにぺちぺちおばあちゃんの頬を叩いてて、それ見てたら普通に泣きそうになった。起こそうとしてたんかな。遊んでもらおうとしてたんかな。子供にとっては特に深い意味のない、ひょっとしたら単なる興味本位の行動でしかないかもしれないものにも、大人は意味を持たせようとしてしまい、そこで笑いや悲しみが生まれる。難儀なものだ。

 斎場で焼き上がった祖母は、とても小さな骨壺に入ることになった。骨壺に骨を入れるにも作法的なものがあって、最初に首から下の骨を入れて、それから壺の正面側に下顎と上顎を入れ、頭頂部以外の頭蓋骨を入れた後、正面側に喉仏を入れ、最後に頭頂部で蓋をする。こうすることで、壺には確かに正面を向いた故人の顔が入るわけだ。祖母の入った骨壺は僕が持つことになった。普段はあまり神とか仏とか、霊魂なんてものを信じるタイプの人間ではないんだけど、感傷がそうさせるのだろうか、「ああ、この中にはおばあちゃんがいるんだな」という気持ちになってくる。せっかくだから、最後にいい景色を見せてあげよう。

 斎場の前庭に猫が寝ていた。甥やいとこ姪がつついて遊んでいる。僕も猫の前にしゃがみ込み、猫の顔の前へと骨壺を向けた。おばあちゃんは「かわええ猫じゃねえ」と思っているだろうか。小高い丘の上にある斎場からは、岡山の街が一望できる。おばあちゃんの暮らした街だ。いい景色だった。タクシーの中で骨壺を少し持ち上げ、その景色を一緒に楽しんだ。どこまでも続く街並みと、八月の夕空が、爽やかできれいだった。おばあちゃんは、笑ってくれているだろうか。