気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

小説について

 昨日ツイッターで創作についての自分語りみたいなのに参加してしまった。僕は「創作論」的なものが好きではないので、創作についての姿勢とかはなるべく表に出さないようにしてるんだけど、まあこれは単なる自分語りの範疇だしいいかなと思ってコリコリ書いてた。本当はもっと分量があるのに140字に無理やりまとめてしまったものもあるので、ここに書き直そうと思う。

執筆歴

 どこを起算点にするかでかなり変わってくるけど、ちゃんとした小説を指向するようになったのは中3の時(13年前)。選択国語の授業がきっかけで、1年間かけての授業だったんだけど、これがよかった。学期ごとに内容が別れていて、1学期の内容が「小説の続きを書いてみよう」。各人が好きな小説を選び、その続きを書くというものだった。それまで僕は小説というもの自体、教科書に載っているものくらいしか読んだことがなかったので、とりあえず知ってる「走れメロス」を選んだ。小説の書き方も大して分からないので、とにかく面白くしようということだけを考えることに。走れメロスって、最終的にメロスが素っ裸の状態でセリヌンティウスと殴り合って終わるけど、その後に王様が「ワシも殴ってくれぇ~ん」とか言い出す話にした。ザ・中学生って感じだ。ちなみにその後の展開ははっきり覚えてないけど、確か地球が崩壊して終わった。あの状態からどこがどうなったら地球が崩壊するのかさっぱり分からないけど、ザ・中学生って感じだ。ともあれ、学期末にそれを発表したらみんなゲラゲラ笑ってくれて、先生も褒めてくれた。その時初めて「ああ、小説を書いてみんなに読んでもらうって面白いんだな」と思った。

 2学期に入ると、いよいよ「オリジナルの話を書いてみよう」という内容に。1学期の間に小説を少しは読むようになって、特に担任から薦められた星新一と、友人から薦められた筒井康隆・清水義範を好んで読んでいたため、それではSFっぽいショートショートを書いてみようと思い立った。犯罪者が疲労を感じなくなる薬を投与された上で人力発電機の動力にさせられる話や、戦争中の近未来で、食糧難にもかかわらず防空壕内の調理ロボがどこからか食材を持ってきてはおいしい料理を作ってくれるんだけど、なぜかロボットが食材を調達しに行くたびに防空壕の人間が減っているという話とか、今思うとあまりの稚拙さに顔から火が出そうなものばかりなんだけど、まあともかく人生で初めて小説というものを書き上げて製本した。さすがにこれだけでは後味が悪かろうと思って、もう一つ、小さな島国のベテラン機長が定年を迎え、引退フライトに臨んだところ、そこでハイジャックに遭ってしまう。コックピットに緊張が走るが、実はそれは島の住民が機長の引退をお祝いするためのサプライズだった、といういい話っぽい短編も書いた。どちらも思いの外好評で、これ以降、小説を書いてはWebサイトにアップしていくようになる。

 ちなみに3学期の授業内容は「書いた小説に捺すための落款を作ろう」というもので、石を彫刻刀で彫っていく本格的なやつだった。本名を彫ってしまったので同人誌とかに使うことはできないけど、この落款は今でも大切に保管している。

 高校2年くらいからSF、なかでもサイバーパンクに傾倒しはじめ、書く小説もそちらへと傾いていく。一方でSFしか書かなくなったかというとそうでもなく、また高校で演劇部に入っていたこともあって脚本をいくつか書いたりもした。大学に入って演劇サークルに加入するが、時間と金銭の面で折り合いがつかず1年で脱退。1本だけくだらない脚本を書いただけだった。その後SF研究会に加入し、SFをごりごり書くかと思いきやアニメを見てゲームをするばかりの日々。大学時代に書いた小説、結局片手で数えられるくらいだった。卒業間際に「せっかく書いたんだし」と、なかでも出来がいいと感じていたものを創元SF短編賞という新人賞に送ってみる。そしたらなぜか審査員特別賞(大森望賞)がもらえた。その頃僕は浜松で就職してたんだけど、残業してたら東京創元社の人から電話がかかってきて思わず「ほげえ」と言った。

 なのに賞を貰ってから一本も小説を書くことなく、あろうことか二次創作へとお引っ越ししたのが1年前の6月。同人でお世話になってる人が「買うだけじゃなくて作って見ろやオラァ!!」と言ってきたので「ぽよ~」とか言いながら作ってみたら、これが存外に楽しい。小説を書くだけじゃなくて「本にする」というのは、また別の楽しさというか魔力があるなあと感じてしまい、今もやめられずにいる。

執筆時に使っている媒体

 おい執筆歴に文字数使いすぎたぞどうすんだ。サクッと行きます。基本的にはPCで執筆していて、WZ EDITORというシェアウェアのエディタを使ってる。なんでWZ EDITORを選んだのかはよく覚えてないけど、たぶん文字数計算とかレイアウトの自由度が高いとかがあったんだと思う。出先で執筆するときはiPad+無線キーボードでATOK Padに打ち込んでいくか、もしくはそこら辺の紙に手書き。手書きするときはジェットストリームって銘柄のボールペンじゃないと書く気が起きない。インクの出が違うんですよ。SARASAでもいいんだけど、あれはちょっとインクが出過ぎる。

書くときのこだわり

 地名や商品名、会社名や人名などの固有名詞ははっきり明示する。特に現代物や歴史物・歴史改変物だとなるべく実在の固有名詞を出すようにしてる。これは読者にイメージをはっきりと想起させるため。ひどいイメージダウンに繋がる場合でもない限り、S県じゃなくて埼玉県、東応大学じゃなくて東京大学、四菱商事じゃなくて三菱商事と書いていきたい。

 また、服や食べ物、内装や道具などの描写もできるだけ丁寧に、可能な限り実在する物を資料としながら書くようにしている。理由は上に同じ。特に服装と料理は、かならずブランドのカタログや通販サイトを参考にしたり、イメージ検索を重ねたりするように心がけてる。

 町並みなんかもなるべく実在の街をモデルに、地図やストリートビューを見ながら書くようにしてる。建物の外観や間取りも然り。完全に想像だけで書いちゃうと、あり得ない町並みや間取りになっちゃう可能性があるからね。そういう無駄なこだわりを見せているときが一番楽しい。

書くのが好きな描写

 こだわりと地続きになるけど、実在の固有名詞や実在する製品を作中に登場させるときが好き。はっきりと作品世界に肉付けできるという実感がある。それに登場させる物は基本的には自分の好きなもの、いいなと思ったものなので。それと、飯を食う描写だとか、町並みを歩く描写も好き。ファンタジー世界やSF世界で孤独のグルメみたいなことやる小説とか描いたら面白そうだ。ひたすら異世界っぽい街を散策しては、得体の知れない美味しそうなものを食うの。やばい書きたい。

言わせるのが好きな台詞

 皮肉たっぷりの応酬や、ダブルミーニングが大好き。例えば過去作から引用すると、

「可能とでも?」
 樛が顔を歪ませながら醜く笑みを作り、
「不可能とでも?」
 と沼坂。

『終わりの花』電子書籍版、238ページ

「吸われるんですか」
 驚いたように沼坂が聞き、
「いや、吸わんよ」
 と仁倉。「だが、君らはこういう時に吸うんだろ?」と付け加え、にやりと笑った。

『終わりの花』電子書籍版、179ページ

「あなたが……殺したんですか? 飛龍たち六人を、あなたが……?」
「嬉しいねえ、お前はそう言ってくれるんだ」

『終わりの花』電子書籍版、232ページ

 などなど。何がどうダブルミーニングなのかは、キミの目で確かめよう!(あっ、こいつ宣伝に走りやがった!)minadzki.booth.pm

プロットの組み方

 短編ではプロットはまず組まない。頭の中に流れを作る程度。プロットをちゃんと文章なり画像なりに明示した方がいいんだろうけど、どうも面倒くささの方が先に出る。ただ、中編以上になるとプロットなしではしっちゃかめっちゃかになってしまうのが明らかなので、さすがに作る。シーンレベルに分解したエピソードを付箋アプリに書き付けていき、それを組み合わせていくのがよくやる方法。

 例として『終わりの花』の最初期のプロットを貼り付けておく。プロットはシーンを書き上げていくごとに削除していくので、こんな古いやつしか残ってなかった。鈴谷と熊野がいなくて代わりに扶桑と山城がいることになってたりとか、最終稿とかなり違うけどご愛敬だ。
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