気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

面白くないと表明することの損さ

 たまには真面目な話します(僕はいつだって真面目だよ)(なんだその酔っ払いかジゴロの言いそうなセリフ)。最近たまに思うんだけど、笑えない、愉快でないという意味での「面白くない」「つまらない」という評価はあまり大っぴらに言わない方がいい気がして、自分でも気をつけるようにしてる。例えば小説や映画なんかが面白いかどうかというのは、展開の仕方や情報の出し方など、ある程度理屈で説明できると思うし、だからこそ評論家というのも存在する。でも、漫才やコント、ギャグマンガなんかはもう感性でしか評価できないと思うし、それに対して評論めいたことをしようとしても、それはオッサンたちが新橋の飲み屋でクダ巻きながらやってる愚痴と変わらないんじゃね、と。

 どうせ感性の問題でしかないんだし、評論しようがないから言わない方がいいというだけじゃなくて、むしろこっちの方が重要なんだけど、自分の感性のズレをさらけ出すことになりかねないんよね。例えばお笑い擦れした人って、ちょっとメインストリームから外れた、いわゆるキレッキレの笑いだったりマイナーな笑いだったりを好む傾向があるじゃないスか。テレビ番組でいうならエンタの神様よりもオンエアバトル寄り、オンエアバトルよりもあらびき団寄り、みたいな。僕のお笑いの知識が10年近く前でストップしてるのはさておき、だからといって「エンタ芸人はつまらない」と言い張るのは、自分がメインストリームの感覚の持ち主ではないって表明してるだけなんじゃないかなあと。僕も正直言ってエンタよりもあらびき団の方が好きではあるけど、数字はエンタの方が取ってた事実があるわけだ。要するにエンタの方が万人受けする笑いなわけだよ。

 そりゃ「自分は他と違う」ということに謎の優越感を持つ思春期各位には、万人受けするものをくさしてマニア受けするものを持ち上げるのもいいかもしれんけど、いい大人がだよ、ゲンロンで飯食ってるわけでもないパンピーがだよ、そんな波風立てるだけで何の得にもならないことをだよ。相手も同じような感覚の持ち主だと分かった上で、クローズドな場で言うならまだしも、例えばブログやTwitterなんかでそれを言うのは、共感を得られたりスッキリしたりといったゲインよりも、反感を買ったり人が離れていったりというロスの方が大きい気がするんよね。そもそもが笑いの評価なんて冒頭で言ったとおり理屈で反論できるものじゃないんだから、ただのウンコ投げと変わらないわけで。そういうのもあって、昔はTLでハッシュタグ大喜利やコラ画像コンテストが始まったりする度に、訳知り顔で「つまらん」とか言ってたわけだけど、あれはとても恥ずかしい行為だったのであるなあと反省しているわけなんですよね。

 でも言っちゃうのやめられないの、ウンコ投げずにはいられないの、という「俺はただ言わずにおれなかっただけさ症候群」については、また次の機会にお話ししたいと思います。