気刊びびび

なんか気が向いたら書く。

読みにくい文章の書き方、そして読みにくい文章を書くことによるその効果。

 ちょっと前にみなみちはや氏のブログに「読みづらいから読むのやめた」みたいなブコメがついてて、なんだかなあって思った話でもします。この記事(21世紀の空から、ドラえもんが消える日 - ナントモハヤ)なんだけど、まあ確かに読みづらい。装飾が過剰なんですよね。でも論旨自体は一本筋で分かりやすく、いわゆる「駄文」ではないと思うんだ。

 Twitterでも書いたけど、読みにくい文章ってのは大まかに二通りに分けることができて、一つは純粋に「全体を通して何が言いたいのか分からない論理性に難のある文章」。これはまあ普通に読みづらいし批判もできようさ。で、先に挙げたちはやの文のようなのはもう一つのタイプ、「装飾過多に陥るなどしてリーダビリティが低い」文章だと思う。こっちは文才の問題というより文体の問題なんだと思うし、それをもって「読みづらいから読むのやめた」と公言するのはちょっとどうなんだって感じする。ちはやの文章とは性格が全然違うけど、蓮實重彦の文章なんかもこれに該当するのではないかな。蓮實の文章を「読みづらいから読むのやめた」とか言いだしたらそいつはただのバカだろ、と。マンガにたとえるなら、福本伸行や押切蓮介のマンガを「絵が下手だから読むのやめた」って言ってるようなもんなんすよ。読むのやめるのは自由かもしれんが、それを公言するのはおかしいでしょ。

 ちなみに僕の文章も、特にびびび新書の方を読めばお察しの通り、思いっきり二番目の方の読みづらい文章に該当すると思うんですわ(一番目には該当しないと信じたい……助かりたい……)。読み返してみると我ながらひどいひどい。「ここの段落まるまるいらんやろがい」みたいな道草とかが多すぎる。つらい。で、なんでそうなってしまったかを考えるに、たぶん僕の場合は「文章量が少なくなることへの恐れ」があるんじゃないかな、と。理由はよく分からないんだけど、「これじゃ文章量が少なすぎる、もっと増やさないと」と強迫観念めいたものに突き動かされることは本当によくある。小説を書いてても一段落が二行以内におさまると「やばい! これじゃラノベだ!」とかよく分からないこと言い出してごりごり加筆しちゃうし、このブログだって最低でも一段落三行以上、三段落以上みたいな決まりがある。m_sobaのツイートもそれなのかもしれない。

 この病気、どうやったら直せるんだろうね。ちなみに今日は寝るか音ゲーするかくらいしかしませんでした。Wave of Crazeの赤譜面が楽しい。